能活氏 即代表コーチ就任へ

能活氏 即代表コーチ就任へ
今季限りで現役引退したサッカー元日本代表GK川口能活(43)が、前代未聞の指導者転身を果たす。
複数の関係者によると、引退発表を受けて日本協会の関塚技術委員長が極秘裏に接触。A代表とU22(東京五輪)代表のGKコーチ就任を要請し、内諾を得たという。J3相模原で25年のプロ生活に幕を閉じた直後。
現役時代同様、華麗に第2の人生も幕を開ける。聞いたことがない。一般的にはクラブの下部組織、代表でも世代別など育成年代から指導を始めるところだが、コーチ歴なしでピラミッドの頂点A代表のスタッフ入り。
日本人初の兼任指揮官になった森保監督でさえ、引退翌年は小学生の普及現場から。専門職のGKだからこそ実現したであろう、前例のない起用だ。とはいえ、川口以上に影響力ある男はいない。
日本代表GK歴代最多の国際Aマッチ出場116試合を誇り、アトランタ五輪ではブラジルを破る「マイアミの奇跡」の主役に。W杯は初出場の98年から4大会連続でメンバーに選ばれ、日本人GKとして初めて欧州に渡った先駆者にもなった。一方で苦労も知る。
右すね骨折、右アキレス腱(けん)断裂。全治半年以上の大けがから、よみがえってきた。10年W杯南アフリカ大会には基本的に出番がない第3GKで招集され、チーム主将として岡田監督と選手の橋渡し役に徹した。
J2、J3も経験。あらゆる相談に対応できる経験を積み、代表では潤滑油になる役割が期待されそうだ。先月の引退会見では「W杯ロシア大会を見て、日本は世界で戦えると感じた。」
「違う形で貢献し、若い世代に還元したい」と引退理由を語っていた。いつか代表に。そのタイミングは未来ではなく来年だった。
抜てきには、世界的コーチへの英才教育の側面もある。初仕事はアジア杯。04年中国大会では準決勝ヨルダン戦でPK2本を止めて勝つなど奇跡の優勝に導いた。
その説得力は計り知れない。森保ジャパンでは下田GKコーチと2人体制になり、A代表と五輪代表の活動が重なる場合は下田コーチがA、川口が五輪を分担する方針という。炎の日の丸コーチへ。
東京五輪、W杯カタール大会へ。胸が高鳴る人事が発表の日を待っている。川口能活(かわぐち・よしかつ)1975年(昭50)8月15日、静岡県富士市生まれ。
富士市立天間小3年でサッカーを始め、同4年からGK。
94年に磐田でJ復帰。J2岐阜、J3相模原と渡り歩き、今季限りで現役を引退した。
日本代表で国際Aマッチ通算116試合出場は歴代3位タイで、GKでは最多。180センチ、78キロ。血液型A。

[紹介元] Yahoo!ニュース・トピックス – スポーツ 能活氏 即代表コーチ就任へ

twitterの反応

珊妮 @sunnie_liu

同理你个屁啊😂就是因为优生逻辑父母有了健康的小孩才能在自己生病的时候得到相应的照顾,试想一个先天性心脏病的孩子根本活不过30岁,甚至一个智商永远停留在5岁的唐氏儿被带到这个世界上,父母老了得病了怎么办,都躺倒大家一起死吗,共同追求幸福和死亡手牵手玩过家家吗?你这都什么逻辑啊~

Menu

HOME

TOP